『We Margiela マルジェラと私たち』〜顔を出さないデザイナーと「We」の発明、その末路〜

マルタンとジェニー、そして「We」

映画『We Margiela マルジェラと私たち』

自身を着飾る、あるいはたんにお洒落という意味でのファッションにはからきし自信がないけど、ファッションをクリエイションする人たちへの興味は尽きないものである。

『We Margiela マルジェラと私たち』は、高級ファッションブランド「メゾン マルタン マルジェラ」を作り上げた人々の声を集めた、2018年のドキュメンタリー映画。とはいえ、その“声”のなかに、長くデザインを手がけたこのブランドの中心的人物、マルタン・マルジェラは含まれていない。彼が表舞台に出てこないのは有名な話で、ブランド黎明期こそプレスとも顔を合わせていたらしいが、その容姿も肉声も、どんな人物かも、ほとんど知られていない。

彼の右腕として、ビジネスやそのほか一切合切を仕切ってきたジェニー・メイレンスは登場するものの、彼女も顔出しはなし、真っ白な画面に声だけが響くという演出が採られ、このブランドの徹底したミスティフィケーションに加担している。

しかし、マルタン本人が語らない以上、表現者が何故に表に現れないのかについては分からないまま。ブランド設立に関わった登場人物の言葉(こちらは実際に出演している)や、劇中で紹介されるメディアの、このブランドに対する初期の辛辣なコメントから推察するしかない。だいたいは想像できるものだが。

デザイナー本人が自ら語らない、という、ファッションブランドの存立上いささか無理のある状況下で発明されたのが、「We(私たち)」を主語とする語り口だった。マルタンではなく、ジェニーでもなく、「We」としてのメゾン。だが、この一人称複数の代名詞は、当然のことながら関わる人すべての「I(私)」が集まってなるもの。ブランドの人気拡大と、それにともなう会社経営という厄介事の間に、いつしか「ものづくりとはなんたるか」が埋没し、そしてメゾンの家族だった「I」同士の間にも軋みが生じるようになっていく。

空中分解、ほろ苦い結末

メゾン マルタン マルジェラは、2002年、「ディーゼル」らを傘下に置くOTBグループに売却され「メゾン マルジェラ」と名を変えた。そして時を同じくしてジェニーはブランドを去った。さらにマルタン自身も、それから7年後に突如デザイナーを辞し、ファッションとは距離を置くようになった。メゾンをかたちづくっていたクリエイティブチームのメンバーも、あるものはジェニーにようにブランドを離れ、またあるものはファッションの世界にとどまることを選び、それぞれの道を歩んでいった。

ブランドの勃興から、あるひとつの臨界を越えたことで空中分解せざるをえなかったメゾン マルタン マルジェラ。この映画のほろ苦い結末に、ファッションという営みのなかの、人間自身を見た思いがした。

色、カタチ、時代性や政治的メッセージなど、様々な組み合わせからなるファッションにあって、絶対的な解などというものは存在し得ない。それにも関わらず、人は強い思い入れや信念をもって、何かしらの表現をせずにはいられないし、また、そうした表現に惹きつけられていくものである。ファッションには、合理だけでは説明がつかない、地球上で唯一、服を着る動物である人間の、人間らしさが凝縮されている。それゆえに、おもしろい。■bg

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映画『We Margiela マルジェラと私たち』予告編

bg

1974年生まれ。都下在住。生きるということは「世界の解釈」、そのひとをそのひとたらしめるのは、その「世界の切り取り方」にあると思います。

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