「巨大な目玉」は何を見たか?〜阿佐ヶ谷スパイダース『ジャイアンツ』観劇〜

阿佐ヶ谷スパイダース『ジャイアンツ』を観劇した新宿シアタートップス。現在は、下北沢に本拠を置く本多劇場グループが運営している。(撮影=bg)

「私」と「あいつ」、すれ違ったまま終わった親子の物語

阿佐ヶ谷スパイダースにとって2年ぶりの本公演『ジャイアンツ』を新宿シアタートップスで観劇。前回は吉祥寺で観た『桜姫〜燃焦旋律隊殺於焼跡』だったから、個人的にはコロナ禍を経て4年ぶりに芝居を楽しんだことになる。

とある父と息子を中心にストーリーが進展するのだが、中空に浮かぶ「巨大な目玉」の出現と、時空の歪みのような「ケイトウ」という名の現象により、物語は複雑な展開を見せ、一筋縄ではいかない。

中山祐一朗が演じる父親と思しき人物「私」が、息子とされる「あいつ」こと岳志(坂本慶介と大久保祥太郎のダブルキャスト)と、息子が住んでいた街でばったりと再会する。

息子の家に招かれ食事をともにする父と息子のやりとりはぎこちない。漂う不自然なまでの空気は、この親子がすれ違いの人生を過ごしてきたことを示している。そして同時に父は、「息子はもうこの世にいない」という現実との齟齬に困惑している。

再会から数日、父親は手土産を片手にあらためて同じマンションの一室を訪ねる。しかしそこには別人が住んでいた。混乱する父親の前に、トリックスター的な存在の「目玉探偵」という名の奇妙な男たち(長塚圭史、伊達暁)があらわれ、物語は時と場所を超えて拡散していく。時にマンション、時に喫茶店、時に息子が勤めていたゴミ回収業者、時に息子と妻のやり取り、時に葬式と場面展開を繰り返す。

お土産として買ったガラスの目玉。役者として舞台にあがる中村まこと自らが作ったらしい。(撮影=bg)

巨大な目玉とは何か?

巨大な目玉に謎の目玉探偵、そしてケイトウという聞いたこともない意味不明な現象にこちらの頭も混乱するのだが、きっと目玉とは、この物語を注視する上での「視座」なのだろう。

とはいえ、いつの、誰の視座なのかは分からないし、同じ場面でもコロコロと変わっていく(ように感じた)。あるものがない、かと思えば、ないものがある。観る側の視座もその度に揺さぶられ、翻弄され、いったいこれが夢なのか、現実なのか、それとも取り戻せない過去への思いなのか、掴みかねるのだ。

だが2時間の舞台の終盤に差し掛かると、徐々にだが、拗れた父と息子の関係が、ねじれた時空のなかで少しずつ解きほぐされていく感じが伝わってくるのだ。

「ジャイアンツ」に込められた意味

息子は、父の知らないところで、何を思っていたのか。
そして父親は、そんな息子の姿を知り、何を感じたのか。

目は口ほどに物をいう。
そして目は、感情や心に受けた傷、意地や思い込みにより、見える風景に様々な色をつける。

父は、息子を信じてあげられなかった。
そのことを後悔していたが、息子はもういない。
そんな父の目は、きっと曇っていたに違いない。

巨大な目玉、そしてケイトウにより、ねじれた時空で焦点がぼやけていた像が、本当は見たかったこと、あるいは見えていたはずのことに収斂されていく。

父と息子の間の「エディプスコンプレックス」、つまり父を超えるべき存在、超えられない存在としたことが「巨人(ジャイアンツ)」のネーミングの由来だとすれば、すれ違ったまま終わってしまった親子の仲を取り持つ、超時空的かつ巨視的な視座を獲得するための「巨人(ジャイアンツ)の目玉」でもあった。その目玉が見たものは、父にとっての救いの景色だったはずである。■bg

reference

阿佐ヶ谷スパイダース https://asagayaspiders.com/

bg

1974年生まれ。都下在住。生きるということは「世界の解釈」、そのひとをそのひとたらしめるのは、その「世界の切り取り方」にあると思います。

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