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bicycle blues─自転車生活を再開しようと思ったわけ─

かつての自転車少年が、何故、四十を超えてバイシクル・ライフを再開しようと思ったのか。無類の自転車好きとして知られた忌野清志郎の「自転車はブルース」という言葉に突き動かされ、20年ぶりにロードバイクを手にした中年の「自転車生活復活宣言」。

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稀代の詩人、谷川俊太郎

  自由でありながら、常に足が地についていて、血が通っている ユーモアとは、ある事象から一歩引いた場所から立ち現れるもの。 熱源に近すぎず、しかしその熱さを解するだけの共通感覚もある。 「あなたにはこう見えているかもしれないけど、実はこんなことじゃないですか」という、異...

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ある夏の北欧探訪〜ノルウェーの森、ではなく、水〜

  ノルウェーといえば? だいぶ旧聞に属する話なのだけど、ある年の夏、ノルウェーを旅してまわった。スカンジナビア半島の北欧3国のいちばん西側で北大西洋に面しており、国土の広さは日本とほぼ同じながら、人口は526万程度と日本の4割強の王国である。 北欧といえば、ムーミンは...

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最終章:追い続けてきた「風景」

東京にいて基地問題を考えるというテーマを「死角と構造」と題して連載し、これまで東京西部の立川基地と横田基地を取り上げ、日米安保体制における東京の役割について触れ、さらに時計の針を数十年前に戻し、神奈川県の厚木基地周辺で起きた3つの米軍機墜落事故を掘り起こしてきた。12回目にして最...

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第4章:時の「死角」~町田・大和・横浜での米軍機墜落事故~その4「横浜米軍機墜落事故」

1964年(昭和39年)に町田、大和と厚木基地周辺で立て続けに起こった米軍機墜落事故。その遠因としては、ベトナムでの米軍活動の活発化が考えられた。アメリカがベトナムへの大規模な軍事介入、いわゆる北爆をはじめるきっかけとなった「トンキン湾事件」は、この年の8月の出来事。その1ヵ月後...

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第4章:時の「死角」~町田・大和・横浜での米軍機墜落事故~その3「大和米軍機墜落事故」

死者4人、重軽傷者32人を出した「町田米軍機墜落事故」から半年も経たない1964年(昭和39年)9月8日、再びアメリカ軍のジェット戦闘機墜落という惨劇が起きた。場所は厚木基地の目と鼻の先となる神奈川県大和市。高度経済成長期の折、前途に期待を膨らませてこの地に鉄工所を移してきた一家...

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第4章:時の「死角」~町田・大和・横浜での米軍機墜落事故~その2「町田米軍機墜落事故」

世界初の高速鉄道である東海道新幹線が開業し、アジア初の五輪として東京オリンピックが開かれた1964年(昭和39年)。戦後復興の集大成を世界に向けて華々しく披露したその年は、在日米軍の航空機墜落事故が立て続けに発生し、民間人の多くが死傷したという暗い側面も持ち合わせている。 その惨...

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第4章:時の「死角」~町田・大和・横浜での米軍機墜落事故~その1「厚木基地とは何か」

辺野古への移設問題で揺れる沖縄の普天間基地は、人口密集地域と隣り合っていることから「世界一危険な基地」とも呼ばれる。民家や学校スレスレに離発着する軍用機は、凄まじい騒音をもたらすとともに基地周辺の安全を脅かしているといわれ、2004年にはこの米軍海兵隊基地に所属する大型ヘリが近隣...

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第3章:首都に潜む「死角」~東京の在日米軍基地~

前口上で触れた通り、在日米軍の施設・区域の都道府県別面積を見ると、1位沖縄、2位青森、3位神奈川に次いで4番目に首都・東京の名前があがる。 都内にある施設は全部で8つ。このうち、本土から1200km離れた硫黄島にある「硫黄島通信所」と、第2章で取り上げた横田基地を除くと、我々のご...

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第2章:都の西限、双子の明暗 ~ 横田基地と立川基地~その4「基地問題を本土から消し去る」

立川基地と横田基地、東京の2つの基地の歴史を振り返ってみると、今回のテーマである「死角と構造」を、随所に、多層的に見つけることができる。この章の最後では、その死角と構造を「支えるもの」についても考えてみたい。 ■「巨大なサークル」で守られた首都圏 立川基地と横田基地の歴史から紐解...