自転車と繋がる歓び、「ビンディングペダル」一考

「FELT F75」のペダルは、シマノのロードバイク用「SPD-SL」。コンポーネントと同じ「105」としてみた。(撮影=bg)

「FELT F75」のペダルは、シマノのロードバイク用「SPD-SL」。コンポーネントと同じ「105」としてみた。(撮影=bg)

“沼”暮らしの自転車乗り

パーツを替えたからといって、いきなり速く、長く走れるようになるということはないけれど、思い思いのパーツで自分なりに道具を磨き上げていくことは、自転車趣味の楽しみのひとつである。

自分好みのモデルに仕上げていく歓び。次はアレを替えたいけどちょっと高いんだよな、と悩むのもこれまた一興。こうして様々なパーツを取っ替え引っ替えして散財することを、自転車乗りの間では「沼にハマる」という。

自転車乗りは、泥だらけになりながらも沼で暮らす術を心得て生きている。“沼”暮らしの自転車乗り。何とも心踊る生活なのだ。

ビンディングペダルという“踏み絵”

数ある自転車のパーツのなかで特に重要だとされるのが、最後に「ル」がつく「ハンドル」「サドル」「ペダル」。いずれも自転車と身体との接点であり、パーツの選び方やセッティングについては専門家やホビーライダーが日夜云々している、実に深淵なる“沼”である。

ロードバイクの場合、この「3つのル」のなかで、完成車であってもだいたい別売りなのがペダル。種類がたくさんあるからどうぞお好きなものを、ということで別売りになる。つまり、多くが最初に選ぶパーツとなるのだが、とりわけロード初心者には、ペダルとシューズを固定する「ビンディングペダル」にするかどうかの“踏み絵”が待ち構えている。

ペダルに足を固定しながら街中を走るのは、慣れていないとこわいもの。「ロードマン」に乗っていた20数年前には、いまほどビンディングペダルが普及しておらず、トークリップ&ストラップをペダルに付けて“足を引っ掛けて”漕いでいたけど、2017年の夏に「FELT F75」を買った時には、どのペダルにするか、ちょっと考えた。

しばらく様子を見てから決めたらどうか、という自転車屋の店員の助言を受け入れ、いったんは昔懐かし「フラットペダル+トークリップ&ストラップ」でお茶を濁したものの、程なくしてこの中途半端感から脱したくなり、意を決して自転車屋のドアを叩いた。

初のビンディングペダルは、「シマノSPD-SL」

「シマノ105(PD-5800)」。カーボンコンポジットのボディにステンレス製ボディプレートを組み合わせ、重量は285g。クリートの固定力は、手前のアジャストボルトで調整できる。(撮影=bg)

「シマノ105(PD-5800)」。カーボンコンポジットのボディにステンレス製ボディプレートを組み合わせ、重量は285g。クリートの固定力は、アジャストボルトで調整できる。(撮影=bg)

日本ではドイツ語の「bindung(ビンディング)」でその名が通っているが、英語にすれば「binding(バインディング)」、つまり「束ねる」ということ。もともとスキー由来の言葉で、スキー板とブーツを合体させる機構を指す。

その考えを最初に自転車に応用したのが、スキー用ビンディングメーカーだったフランスの「Look(ルック)」だった。同社が1984年に発表した「PP65」がビンディングペダルの元祖とされ、いまでもその系譜に連なる「KEO」シリーズがラインナップされている(FUNRIDE 「そのブランドに歴史あり! サイクルペディア ~ LOOK・前編 ~」2018年2月21日付)。

Lookをはじめとした数多あるビンディングペダルのなかから選んだのは、日本が誇る自転車パーツメーカーの巨人「シマノ」のロードバイク向け「SPD-SL」。ディレイラーなどとあわせて「105」グレードにしてみた。

店頭で採寸してもらい、幅広シューズが適していると指摘され選んだのが「シマノRP3」。ものの良し悪しが分からないうちは、定評があり値段も高くないエントリーモデルからはじめるのが一番だ。(写真=bg)

店頭で採寸してもらい、幅広シューズが適していると指摘され選んだのが「シマノRP3」。ものの良し悪しが分からないうちは、定評があり値段も高くないエントリーモデルからはじめるのが一番だ。(写真=bg)

SPDとは「SHIMANO PEDALING DYNAMICS」の略で、たんに「SPD」とされるものはMTB用、その後ろに「SL」が付くとロードバイク用になる。頻繁に足を地面につけるMTBは、ペダルとシューズの接地面が狭く、シューズの底もフラットに近い。これがロードになると、シューズ前方の底に「クリート」という三角形の留め具をボルトで装着。この出っ張ったクリートとペダルをがっちりと合体させることで、しっかりとパワーをペダルに伝達することができる。

選ぶのに苦労したのはシューズの方だった。「フィジーク」などの舶来品は、シャープでクールな印象を与えるカッコ良いものばかり。でもいざ履いてみると自分の足には幅がタイト過ぎる。お店の方に採寸してもらった結果、シマノのワイド仕様がジャストフィットであることが分かり、エントリーモデルの「RP3」を購入することにした。パーツの良し悪しがよく分かっていないうちは、エントリーモデルから試してみる、という自分なりの決まりに則ったかっこうだ。

シマノのビンディングシューズの構造はシンプル。クリートの三角の尖った部分をペダル先端の輪っかにはめ込み、シューズを下に押し込むように踏めば「パチン」と音がしてクリップが嵌る。外すには、足を横方向に捻ればいい。

いきなり路上デビューする前に、人や車の通りが少ないところで何回も付けたり外したりと練習を重ねてみる。その際、クリート位置を少しずつ調整し、適切な場所を探ることも忘れてはならない。コツがつかめてきたら馴染みの道路へ。慣れてしまえばどうってことがないばかりか、一度この一体感を味わうと、ビンディングのないフラットペダルに戻りたいとは絶対思わなくなるだろう。

えも言われぬ自転車の楽しさ

ビンディングペダルは、人間が生み出せる僅かな力を、なるべく効率良く使うための仕組みのひとつだが、そこには、自転車という乗り物の魅力の根源、楽しさの理由が隠れているのだ。

身体の先にある足から、シューズとくっついたペダルを漕ぐ。そのペダルが、クランクを通して“金属の縄”であるチェーンを引き、リアホイールに装着されるスプロケットという“ツメ”を介して後輪を回転させ、ホイールに組まれたタイヤが地面を蹴って前に進んでいく。

足元に視線を落とし、そんな光景を目の当たりにすると、人間が機械の一部になっているような実感がわいてくるだろう。

バイクは手・脚(足)・尻が半ば機械化された不自然な動きになりますから、〝半機械的な動き〟を習得して〝半機械人間〟になることがバイクに適応することになります。

というのは、NHK BS1の自転車番組「チャリダー」のアドバイザーでお馴染みの竹谷賢二。著書『ロードバイクの作法 やってはいけない64の教え』で書かれた上のフレーズを読むにつけ、道具と人間が渾然一体となることが自転車に乗ることなのだという思いに至る。

人工物である自転車と生身の身体をリンクさせ、その動きをシンクロさせることが、走る、曲がる、止まる、という一連の動作につながる。その重要な接点のひとつがペダルであり、ビンディングペダルを選ぶことで、その動作の密度を一段と高めることができる。

ロードバイクのみならず、輪が2つしかない、不安定な乗り物である自転車を操るということは、高度な技術を体得したからこそなせるわざ。この道具を意のままに動かすテクニックを手に入れた時、自らの身体だけでは味わえない、えも言われぬ楽しさと自由を感じることができる。自転車に乗るということはそういうことなのだ、ということを、ビンディングペダルが教えてくれたような気がする。■bg

bg

1974年生まれ。都下在住。生きるということは「世界の解釈」、そのひとをそのひとたらしめるのは、その「世界の切り取り方」にあると思います。

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