新しいパートナー、「FELT F75」という自転車について

「フェルトF75」2017年モデル。(2017年/撮影=bg)

「フェルトF75」2017年モデル。(2017年/撮影=bg)

カメラが自転車に化けた日

前回記した通り、ロードバイクからMTBへの“宗旨替え”で、フランス生まれの自転車「SUNN NEURO」に乗るようになってから17年。サビサビ、ボロボロになった車体をリフレッシュしていた矢先、フレームに亀裂が入っていることが判明し、古女房との予期せぬ別れが訪れた。

悲しみに暮れる時間もそこそこ、翌日から新しいパートナー探しをはじめることとなった。しかし、約20年ぶりのロードバイクへのカムバック、浦島太郎状態で右も左もよく分からない。「チェレステ」カラーが鮮やかな現存最古のメーカー、ビアンキや、アメリカ発祥のトレックやスペシャライズド、アジアの雄ジャイアントなどのブランドは知っていたのだが、どれもいまいちピンとこない。SUNNと同じように、できれば他人と被らない自転車がいい。そしてもちろん、財布にも優しい手頃な価格帯で良品が欲しいところだ。

そんな時にネットで見つけたのが「FELT(フェルト)」という聞きなれない(たんに知らなかっただけ)自転車ブランドの「F75」2017年モデルだった。早速取り扱い自転車店を見つけ、バスと電車を乗り継いでいそいそと出かけた。

前後ディレイラーなどは「シマノ105」。(2017年/撮影=bg)

前後ディレイラーなどは「シマノ105」。(2017年/撮影=bg)

モトクロスのメカニックから自転車づくりの道へと進んだジム・フェルトが、2001年にドイツで立ち上げたのがフェルトだ。いまではドイツに加えアメリカにも拠点を設け、エアロロードからピュアレーサー、エンデュランスなど幅広いラインナップを擁している。多くのメディアが下す評価は、「質実剛健」「高いコストパフォーマンス」、そして「モノは良いが派手さはなく、ともすれば地味」といったところか。

「Fシリーズ」は、2005年の誕生以来ブランドを牽引してきた代表的なモデル。このうちアルミ・フレームを採用したエントリー車が「F75」「F85」「F95」であり、F75は、ギアなどの構成部品(コンポーネントという)にシマノの「105」を多用した、3台中のトップグレードという位置付けである。2017年、Fシリーズは「FRシリーズ」へと全面リニューアルを遂げたものの、F75ら3兄弟は2018年モデルまでカタログに残っていた。つまり、いまでは絶版車である。

日本の公式サイトには「ほとんどのブランドでは安価な6061アルミニウム素材が使用されています。FELTのアルミフレームは非常に強度が高く、高剛性な7005アルミニウム素材を使用」と謳われている。通常アルミは、目的に合わせて様々な金属と混ぜて合金として用いられることが多いという。7000系アルミとは、軽量かつ強度が求められる用途に向いているとされ、航空機材、車軸、それに野球の金属バット、ごく身近では「iPhone」のボディにも使われているという素材である(ケータイWatch 「第725回:7000番台アルミ合金とは」2015年9月15日付)。「そんじょそこらのアルミじゃないよ」というのがフェルトの主張だ。

フロントフォークとシートポスト(写真)は「UHC Performanceカーボン」と呼ばれるカーボン素材が用いられる。(2017年/撮影=bg)

フロントフォークとシートポスト(写真)は「UHC Performanceカーボン」と呼ばれるカーボン素材が用いられる。(2017年/撮影=bg)

前輪が付く「フロントフォーク」と、サドルとフレームをつなぐ「シートポスト」には、軽量で衝撃吸収にも優れたカーボンが使われている。フルカーボンのフレームなら高くつくけど、素材を適材適所で使い分け、コストと性能のバランスを取っているわけだ。ちなみにフェルトのカーボンにもいくつか種類があり、F75では、「UHC Performanceカーボン」という下のグレードが使われている。重量はカタログ値で8.84kg。カーボン・フレーム車よりは重いが、かといってせいぜい2、3kgの違いである。

14万8000円(税抜き)という現実的なプライス、マットブラックを基調とした派手派手しくないシンプルで落ち着いたルックス、実際はどこで組まれたかは知らないが一応はドイツ系の、そんなにメジャーではないブランドという立ち位置。それぞれに好感が持てた。その場でお見合い成功、商談成立と相成った。

なおこの自転車の購入に際し、10年前に手に入れた銀塩カメラ「ライカM6+レンズ」を処分することにした。家族持ちである以上、目立った買い物には何らかのエクスキューズがないといけない。2017年8月某日、ドイツのカメラがドイツの自転車に化けたのだった。

自転車はウソをつかない

自転車関連サイトなどでの紹介ページを参考にすると、フェルトF75については、ブランドの特徴でもある「コストパフォーマンスに優れている」といった声が多く、シマノのコンポ中、最上級「デュラエース」、2番目の「アルテグラ」に次ぐ105を付けていることから「ホビーレーサー向け」、あるいは「良くも悪くもクセがなくニュートラル」といった意見が散見された。

子供の頃から走っていた多摩川サイクリングロード(通称タマサイ)にて。(2018年/撮影=bg)

子供の頃から走っていた多摩川サイクリングロード(通称タマサイ)にて。(2018年/撮影=bg)

モノの評価とは相対的なもので、様々な自転車に乗った経験の蓄積がなければ、第三者的な良し悪しの判断などできない。私の経験が十分なものであるとは言い難かった。

では、このF75の何に惹かれたかといえば、それは「一目見て気に入ったから」だとしか言いようがない。

20万円代になればカーボン・フレームが手に入るような、20年前には想像もつかなかったような時代にあって、アルミはやや魅力に欠けるのではないか。より上級なコンポ装着車の方が、良い走りができるのではないか。

伴侶選びで頭をかすめたそんな疑念は、瑣末な迷いとして片付けることにした。

自転車の真のパフォーマンスは、乗り手である人間から引き出される。いくら何百万円を注ぎ込んだ至高の1台であっても、乗る人の力を著しく上回る性能が期待できるものでもなかろう。

軽く俊敏なフェラーリの車体に、660ccの軽自動車エンジンを載せても、気持ちよくも何ともないはず。
ろくに運動すらしていなかった貧脚中年には、一定以上の評価があり、自分のカラダに合うサイズで、何より「これに乗りたい!」と思える自転車であれば十分だ。それに、ウェアやシューズ、ライトなど必要なものを買い揃えていけば、今後さらにおカネは飛んでいくものだし……(自転車とは、カネ食う趣味なことはよく分かっているつもり)。

もしもこれが自動車なら、より大きな排気量エンジンで速さや快適性を手にすることはできる。
でも、自転車では、いつまでもどこまでも、自分の脚力や体力、精神力から逃れられない。
そういった意味で、自転車はウソをつかない、とても正直な乗り物である。
車体に大枚をはたく前に、謙虚に己の力と向き合わないといけない。

エンジンは非力でも、とにかくペダルを回せば前に進むのが自転車の素晴らしいところ。
新しいパートナーとの「二輪二脚」生活のスタートだ。■bg

タマサイの西の終点にある阿蘇神社にて。(2018年/撮影=bg)

タマサイの西の終点にある阿蘇神社にて。(2018年/撮影=bg)

 

bg

1974年生まれ。都下在住。生きるということは「世界の解釈」、そのひとをそのひとたらしめるのは、その「世界の切り取り方」にあると思います。

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