映画『窓辺にて』からにじみ出る“不思議さ”とは何か

今泉力哉監督作品『窓辺にて』

妻の浮気を言い出せない男の話

稲垣吾郎が主演をつとめた『窓辺にて』は、とても不思議な映画だ。

登場人物への強い感情移入や強烈なインパクトは全然もたらさないのだけど、なんかホッとしたり、救われたり、ちょっと寂しかったり、悲しかったり、でも穏やかになれたりする。おおむねポジティブなメッセージを受けているようなのだけど、背中を押された感じもしない。でも悪い気はしないし、前向きでいられるような気持ちにさせてくれる。

ネタバレしない程度のあらすじはこうだ。

フリーライターの市川茂巳(稲垣)は、編集者である妻・紗衣(中村ゆり)が、彼女が担当している売れっ子小説家と浮気しているのを知っている。
でも、それを妻に言えないでいる。
妻に対する怒りや嫉妬などを感じないことに、彼自身が深く悩んでいるから。
そうした妻への感情がわかない、ということは、彼女に対して愛がないからなのではないか、と思っているから。
誰にも言えない(言わない)悩みを抱えながら、ただただ普通に、穏やかに暮らす茂巳は、高校生の小説家として注目を浴びる久保留亜(玉城ティナ)と出会う。まだ10代の留亜との対話から、茂巳は自らの思いを少しずつ表に出していく。

妻の浮気、つまり不倫をテーマにしているかというと、そうでもない。
ラブストーリーとも、思えない。
市川茂巳という感情を表に出さないキャラクター、すなわち稲垣吾郎本人の個性、持ち味が前面に出された人物設定がこの“不思議さ”の要因のひとつかもしれないけど、むしろ本作に通底するあるテーマが、この妙な味の演出に効いていると思う。

「手放す」ことと「選ぶ」こと

『窓辺にて』のテーマは、「手放す」ということ。
高校生作家の留亜が小説のなかで「手に入ったものをすぐに手放す」という表現をしたことに、茂巳が「なぜか?」と問うところから、この「手放す」ということが物語に入り込んでくる。

「手放す」ということは、せっかく手に入れたものを捨ててしまうという、どこかネガティブな印象を与えるものだが、同時に「手放すことで、手に入れられるものもある」ということが、この映画の言わんとしていることである。
茂巳や登場人物たちが、何を手放し、何を手に入れたかは映画に譲るとして、この作品を不思議と感じる理由は、この「手放す」が持つイメージだ。

例えば別の言葉で、「選ぶ」を考えてみたい。
「選ぶ」とは、ヒトやモノやコトを「手に入れる、選び取る」ということ。
例えばキャリアとか、結婚とか、住処とかは、自分の意志で「選んでいる」のであり、この行為を否定的に捉えることは一般的ではない。むしろ選択できることは、迷いも生じるが、いいことである。

しかし、「選ぶ」の裏側には、「その他の可能性を捨てる」ということが含意されている。
結婚した相手を「選んだ」と同時に「ほかのひととの関係性を放棄した」、と書くと既婚者ならドキッとするかもしれない。後者があまり表立って語られないのは、まあやはり、後ろ向きだからなのだろう。

つまり、「手放す」ことも「選ぶ」ことも、同じような意味を持ち合わせていながら、与える印象が異なる。かたやネガティブ、こなたポジティブ。でも中身は似たようなものである。
人生は、語り口(手放す or 選ぶ)を変えても、実は似たようなパスを通るものなのかもしれない。

「もう選んでしまったひと」への福音

鏡のなかでは実像と左右が逆になって認知されることはよく知られたことで、自分が鏡を通して見る自分自身と、他人から見える自分は違って見えている。「手放す」と「選ぶ」も、これと同じような関係性にあるのではないか。

この映画では、前向きで能動的な人生のあり方(選ぶ)ではなく、どこか受け身で普段ひとが見ないようにしている生き方(手放す)に焦点をあてているから、“なんか不思議”なのだ。

そしてこの作品は、「もう選んでしまったひと」への福音にもなっている。
選び取ったものをずっと持ち続けるのではなく、もし手放した方が良ければ、そうしてもいいかもしれないよ、と慰めてくれる。
もちろん、手放すかどうかはそのひと次第だし、「選んでしまったひと」が全員手放したがっているわけでもない。ただ、そう言ってもらえるだけで救われることはあると思うのだ。


手放すことで、傷つくこと、傷つけることはあるよ──というほろ苦さもほどよくブレンドされている『窓辺にて』は、稲垣吾郎と同じような年齢層にぴったりハマるはず。こうした人生の妙味にひたりたければ、この映画はお薦めですよ、ご同輩。■bg

reference

『窓辺にて』 https://www.madobenite.com/

bg

1974年生まれ。都下在住。生きるということは「世界の解釈」、そのひとをそのひとたらしめるのは、その「世界の切り取り方」にあると思います。

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