タグ: エッセイ

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スターバックス嫌いに「ジョイフルメドレー ティー ラテ」が教えてくれたこと

最多店舗数を誇るメガコーヒーチェーン「スターバックス」。どうしてもあの空気感に馴染めなかった筆者が、冬季限定「ジョイフルメドレー ティー ラテ」と出会ったことで、これまで知らなかったスタバの歴史やこだわりに目を向けることになった。

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中年と若年、世代間の感覚的距離感の隔たりという問題について

個人的な話をすれば、押しも押されもせぬ中年であり、それは事実としてしっかりと受け止めているつもりである。それでもなお、25歳から「先輩」と呼ばれ、やわらかいようでチクリと刺さるような「あなたはずいぶん年配ですよ」という視線を受けることに、違和感を禁じ得ないのである。「その通り、まあ先輩なんだけどさ……」と心のなかで独りごちる。「もう少し、君たちを近くに感じているつもりなんだが……」。

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ケータイがもっとも個性的だった時代〜エリクソンER205&ノキア7600が教えてくれること〜

かつて愛用した北欧生まれの携帯電話「エリクソンER205」「ノキア7600」からはじまる、デザインをめぐるケータイ小史。あらためてスマートフォン以前のケータイを振り返ってみると、デザインケータイが注目を浴びた2000年代は、もっともケータイ(の形態)が個性的だった時代だと分かるだろう。

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「アーロンチェア」の上で考えた、椅子という家具について

コロナ禍により急速に進んだリモートワーク・在宅勤務で注目が集まったビジネスチェア。使いはじめて16年、自室の「ハーマンミラー・アーロンチェア」に座りながら、あらためて椅子という家具について考えてみると、前世紀の椅子の進歩の先に腰掛けている、ということを実感できる。

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コンプラ無用の『たかじんnoばぁ〜』

20数年前、今のご時世では考えられないような、やしきたかじんをはじめとする出演者が酒飲んで酔っ払ってタバコ吸ってグチャグチャになる魑魅魍魎のトーク番組『たかじんnoばぁ〜』にハマった。

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「何かを理解したかのような気分」という病 ~ 蓮實重彦『齟齬の誘惑』を再読して ~

この本を最初に読んだのは発売後間もない2000年頃だったか。「東大生が理解できなかった、東大入学式での東大総長の式辞」という当時の評判に“非東大生”が触発されたわけである。
当時20代半ばの自分がどれほどまで内容を理解していたかはあやしいところだが、少なくとも40歳になった今になってふと読み返したくなったのだから、何かしらの“意識の欠片”が残っていたのだろう。

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「非共感的」な原発問題を超えて 〜 武田徹『私たちはこうして「原発大国」を選んだ』を読んで 〜

2012年6月から半年間、毎週金曜日に首相官邸周辺で行われていた反原発デモに足繁く通ったのだが、いつしかこの運動が「解決」ではなく「対決」を求めているかのようにみえ疑問を感じるようになった。そこで出会ったのが、武田徹が著した『私たちはこうして「原発大国」を選んだ』だった。