スマートシューズ「アンダーアーマー・ホバー マキナ2」に見た“泡沫の夢”

アンダーアーマー・ホバー マキナ2
アンダーアーマーのスマートシューズ「ホバー マキナ2」の発売は2021年2月。内部にセンサーが埋め込まれたスマートシューズとしてランナー向けメディアを賑わせた。高反発で軽量なフォームをメッシュ素材で包み込んだ「ホバー」技術を採用している。(撮影=bg)

Apple Watchからの“警告”

「ステイ・ホーム」と指示され大人しく家にこもっていたコロナ禍の非日常的な出来事を、もはや懐かしいと感じるぐらい落ち着きを取り戻した今日この頃。それでも、あの世界的な混乱がいま現在の我々の生活にもたらした大なり小なりの変化はそこかしこに散らばっているもので、働き方においても「在宅ワーク」や「オンライン・ミーティング」などすっかりめずらしくなくなった。

あの当時に起きた、ごく個人的な変化のひとつは、Apple Watchを使うようになったことだ。2021年5月に買って以来、ずっと右腕(改札を通過しやすいように右にした)の手首にはめている。購入にあたっての理由は3つあった。

  • ミーティングのうっかり忘れを防止するなど、在宅勤務で個人の時間管理がより重要になった。
  • 家にこもりっきりで、健康に気を遣う必要があった。

そして最大の購入理由は、

  • 自分自身の「デジタルデータ」を集めたかったから。

最後のデータとは、日々の行動や歩数、睡眠時間などを示す、いわゆる「ライフログ」のこと。社会のデジタル化が進んだ1990年代からの個人的な興味の対象で、これまで「Jawbone」などいくつかの機器を試してきていた。

常時身につけるようになってからしばらくたち、ある日、手首の友がこう言い出した。「お前、心肺機能が落ちてるから気をつけろよ」。iPhoneを見れば、VO2 max(最大酸素摂取量)のグラフに谷ができており、「平均より下」よりさらに悪い「低い」に点が打たれていた。

息が吸えなくなる、ものが食べられなくなる、心臓が動かなくなる。そのどれかが該当すれば死がやってくる。在宅での仕事後にサッと済ませられるような、日々気軽に取り組めるランニングを始めようと思い立った。

コロナ禍中の2021年5月に購入した「Apple Watch Nike SE(GPSモデル)」。生活の様々なデータを集めたいライフロガーにとってはおあつらえ向きのスマートウォッチ。「心肺機能が低下している」との警告を受けランニングを始めることを決めた。(撮影=bg)

アンダーアーマーのスマートシューズ

ランニングを始めるにあたって、まずはカタチから入りたいというギア好き心が疼き出した。見つけたのは、アンダーアーマーのスマートシューズ「ホバー マキナ2」だった。

このシューズにはICチップが内蔵されており、Bluetoothでスマートフォンとペアリングすることで様々なデータを取ることができる。ペースや一定区間のスプリットタイム、足が地面についた回数であるケイデンス、歩幅であるストライドや接地時間、着地の際の靴の角度などから、最適な走り方をコーチングしてくれるというのが“スマート”たる所以だ。

実際に使い出してみると、専用アプリ「Map My Run」からいろんなアドバイスがもらえ、ビギナーとしては非常に助かった。「踵から着地するな。ストライドは短く、ケイデンスを多くするように」と、アプリから指摘された走り方の問題点を意識しつつ、言われた通りに走ってみると、「いい調子、最適な範囲内」とお褒めの言葉をいただく。

なるほど、当初はすぐに息が上がってしまっていたが、少しずつ楽に走れるようになった。そして心肺機能のグラフもおもしろいように右肩上がりを見せ、身体が軽くなり、毎日に張り合いが感じられるようになった。なんと素晴らしいことか。

走り方に関する本を読んでもいまいちピンとこなかったが、自分のデータから導き出された最適な走り方や健康管理のあり方には、説得力と効果があった。

iPhone、Apple Watchとシューズを連携することで、距離やペースはもちろん、ケイデンス(1分間あたりの足の回転数=歩数)やストライド(1歩で進む距離)など、スマートシューズならではの情報を取得。スムーズに走るためのコーチングをしてくれ、初心者ランナーとして重宝した。

まさかのスマートシューズ撤退

その知らせが届いたのは2023年1月のことだった。アンダーアーマーがスマートシューズの製造を2023年末で終了すること、全スマートシューズの専用アプリ「Map My Run」への接続が2025年3月31日までとなることが、ユーザーへのメールで明らかにされた。せっかくの相棒、パーソナルコーチが突然辞任すると言うのだからショックではあったが、ある意味、仕方がないのかもという諦めもあった。

1996年にアメリカで創業したアンダーアーマーは、スポーツ用品メーカーとしては後発組に入る。スポーツシューズ市場においても、ナイキやアディダスといった巨人を相手に戦う新興企業であり、チャレンジャーとしての攻めの姿勢が、スマートシューズをはじめとするデジタル分野の戦略にもあらわれていた。

例えば、2015年にはフィットネスアプリの「MyFitnessPal」「Endomondo」を立て続けに買収、「Map My Run」とあわせてデジタル×フィットネス事業の拡大を図った。しかし2020年にはMyFitnessPalを売却、Endomondoはサービス終了と、芳しくない状況が露呈していた。

2023年1月に届いた、アンダーアーマーのスマートシューズからの撤退のお知らせ。

失敗の原因は何だったのか

ハード、ソフト両面でのスマートシューズ撤退に際し、アンダーアーマーは「スマートシューズの使用データに関する広範な調査や市場全体の評価など、多くの検討が必要」だったという。ここから推察するに、ひとつのメーカーがモノを作りながら、自社製品向けのアプリが動くプラットフォームを維持管理する難しさを読み取ることはできないだろうか。

オンライン上のプラットフォームを維持するためには、有料、無料にかかわらず一定以上のユーザー数が必要とされるが、単一メーカーのユーザーだけでは数が集まりづらい。それに比べ、メーカーを問わず利用できスポーツジャンルも幅広い「Strava」には「190ヶ国以上から1億2千万人以上のアスリートが参加」しており、既に独自のエコシステムを形成している。

スポーツ用品メーカーのシェアにおいても、創業30年あまりで急成長したとはいえ、アンダーアーマーはナイキやアディダスと比べても規模が小さく、第二勢力にとどまる。新規獲得と自社の顧客を囲い込むためのオリジナルアプリサービスは、「強み」ではなく「弱み」に転じたのではないか。

シューズの「スマート化」は道半ば

スマートが取れて単なるランニングシューズとなった「ホバー マキナ2」も、だいぶ走り込みくたびれてきた。次なる“スマシュー”を探したいところだが、実は手に入る商品はほとんどないといっていい状況である。

アンダーアーマーの失敗の最大の原因は、まだ市場でのスマートシューズへの機運が醸成されていない、ということなのかもしれない。GPSやフィットネスのデータ取得なら、Apple Watchなどのスマートウォッチで事足りるということなのだろうか。

しかし、スマートシューズの効果を体感した身からすると、足元から得られるデータはとても役立つものだった。走る自分を鏡で見るような感覚で自己を可視化してくれ、ビギナーランナーにも、それなりに快適に、早く走る方法を示唆してくれる良きガイドだった。

自己の力の拡張を手伝うのがスポーツにおけるツールの役割だとすれば、決して侮れない道具だったと言って良い。

「アンダーアーマー・ホバー マキナ2」に見た“泡沫の夢”。夢で終わらせるのは、あまりにももったいない。新たな挑戦者の登場を待つばかりだ。■bg

reference

bg

1974年生まれ。都下在住。生きるということは「世界の解釈」、そのひとをそのひとたらしめるのは、その「世界の切り取り方」にあると思います。

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