「しっくり」の先にある「世界」という不自由さ〜阿佐ヶ谷スパイダース『桜姫~燃焦旋律隊殺於焼跡~』〜

阿佐ヶ谷スパイダース『桜姫~燃焦旋律隊殺於焼跡~』(2019年/撮影=bg)

阿佐ヶ谷スパイダース『桜姫~燃焦旋律隊殺於焼跡~』(2019年/撮影=bg)

阿佐ヶ谷スパイダースの最新作『桜姫~燃焦旋律隊殺於焼跡~』観劇のため吉祥寺シアターへ。

瀟洒な劇場に足を踏み入れると、いきなり役者陣が揃って出迎えてくれて驚くやら嬉しいやら。チケットを渡してくれたのは、強烈な存在感を発する役者としてずっと応援してきた伊達暁。席に案内してくれたのは、長年作品を追いかけてきた劇作家・演出家であり俳優である長塚圭史じゃないですか。芝居好き&阿佐ヶ谷スパイダースのサポーターを自認する身としては小躍りするほどのおもてなしだ。長塚くん(急に馴れ馴れしい)には、「笑うバラ(彼が早稲田大学在学中に立ち上げた劇団)の頃から観てますよ」と、およそ四半世紀前の話題を持ちかけ、一緒に写真まで撮ってもらった。ファン垂涎の出来事に芝居前というのに気分は上々だ。

吉祥寺シアター(2019年/撮影=bg)

吉祥寺シアター(2019年/撮影=bg)

長塚作品としての『桜姫』を観たのはこれで2回目。最初は2009年、Bunkamura20周年を記念した「コクーン歌舞伎」で、いまは亡き中村勘三郎をはじめ、大竹しのぶ、笹野高史、古田新太といった錚々たる面々による大作だった。本作は、当時長塚が書き下ろした別バージョンにあたる。

四代目鶴屋南北が文化十四年(1817年)に著した『桜姫東文章』を換骨奪胎し、戦後間もない混乱期の日本を舞台とした物語設定。元の話からして奇想天外なのだが、登場人物の誰ひとりとしてマトモな人間が出てこないこともあり展開に追いつくのがやっと。しかし最後にはしっかりと、だいぶ分かりやすいメッセージとともに幕を閉じるため、スパイダース作品としては咀嚼がしやすい部類に入ると思う。

「桜姫」の好演、おなじみの俳優陣も

役者陣のなかでも一際鮮烈な個性を放っていたのが、「桜姫」こと吉田を演じた藤間爽子だろう。孤児として育ち、17歳にして富豪の家に嫁ぐことが決まっていた吉田。だが突如どこからともなく現れた赤ん坊の母親だと名乗り、その父親は、時の有力者、岩井清玄だと嘘をついたことで破談。果てには、戦争の復員兵だった権助の妻となり、権助の命令で遊女にまで落ちぶれていく。そんな堕落人生にかなりの興奮を覚え、目をギラギラとさせる一方、時として自らを公家の出の人間だと言い張るなど、終始矛盾に満ちた言動を続ける。そんな狂女をこの若い女優が好演していた。

阿佐ヶ谷スパイダースには欠かせない俳優、中村まことは、吉田の嘘をきっかけにこれまた落ちぶれていく清玄先生を熱演。年端も行かぬ少年・白菊との男色関係から心中を図るも死にきれず、先だった愛する人への懺悔の念をずっと引きずる清玄は、純で真面目、お茶目で抜けていて、まさに中村適役というもの。いかに重要な役であっても、すっとぼけて笑いを誘える彼の魅力が存分に味わえた。

とぼけているといえば、中山祐一朗もそうだ。吉田の嘘に便乗し、スキャンダルをでっち上げ清玄を追い出す悪がしこい三月という男を、どこか憎めない、愛すべきキャラにまで“昇格”させてしまうのは、彼だからこそなせる技だろう。

そして、伊達暁。舞台上の空気を切り裂く、いい意味で緊張感をもたらす名優である。吉田に運命を翻弄される権助を演じ、暴力と強欲の先に行き着く、ある種の境地をしっかりと表現していた。

歌舞伎ならではの「世界」という規定

劇中の人物はみな欲にまみれ、他人のことなどお構いなしに好き勝手に振舞っているように見えて、実はそれぞれが何かの力により引き寄せられながら物語は進展していく。その力を言葉で表すとしたら、「しっくり」だろうか。吉田は、遊女まで落ちた自分に「しっくり」きたからこそその自堕落的な情念を燃え上がらせ、ドブ川の民の仲間入りには「しっくり」と感ずることなくきっぱりと否定する。また吉田と権助は、「どこかで会ったことがあるかもしれない」という思いを抱きながら互いに「しっくり」くることで夫婦となる。

では、「しっくり」という曖昧な符合の正体は何か。その答えは、本作の元となる歌舞伎ならではの作話手法に見つけられる。パンフレットに掲載される歌舞伎作品の『桜姫』解説によると、歌舞伎界では登場人物やプロットなどあるお決まりのパターンを「世界」と呼ぶ。多数の作品でこの「世界」が共有され、作り手は「世界」のなかで独自の差異を生み出すことで作品を形作る。そして観客は、大筋を理解した上で作者の個性を楽しむ。『桜姫』においても、だいぶ大胆な展開となりながらも大筋を無視することなく、最終的にみな自らの持ち場に収束していく。

今回の長塚版『桜姫』でも、魑魅魍魎の登場人物とて、「世界」で規定された自分からは逃れられない。自由に振舞いながら自由ではない、そんな相反する宿命と格闘する様は、どこか現代人たる我々にも通じているようでならない。

 

とても“しっくりくる”劇団

阿佐ヶ谷スパイダース『桜姫~燃焦旋律隊殺於焼跡~』(2019年/撮影=bg)

阿佐ヶ谷スパイダース『桜姫~燃焦旋律隊殺於焼跡~』(2019年/撮影=bg)

『はたらくおとこ』『悪魔の唄』『少女とガソリン』『アンチクロックワイズ・ワンダーランド』……阿佐ヶ谷スパイダースに興味をもってからいくつかの作品を観てきた。舞台のおもしろさに気づかせてくれた劇団が阿佐ヶ谷スパイダースだったといっていい。歌舞伎になぞらえれば、阿佐ヶ谷スパイダースというひとつの「世界」のファンである。

長塚、伊達、中山といったキーメンバーとはほとんど年が変わらない。口幅ったい言い方をすれば、同じ時代を歩いてきたような感覚を覚えさえする。若さゆえの爆発的な力強さ、向こう見ずさは少し丸くなったかもしれないが、でも変わらず、こうして熱をもって芝居を続けている彼らから得られる刺激はとても大きい。

阿佐ヶ谷スパイダースは、自分にとって“しっくりくる劇団”なんだと、あらためて思った。■bg

阿佐ヶ谷スパイダース
『桜姫~燃焦旋律隊殺於焼跡~』
吉祥寺シアター

bg

1974年生まれ。都下在住。生きるということは「世界の解釈」、そのひとをそのひとたらしめるのは、その「世界の切り取り方」にあると思います。

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