第2章:都の西限、双子の明暗 ~ 横田基地と立川基地~その1「国道16号線のアメリカ」

東京都西部、福生市を中心とした5市1町にまたがる横田基地は、沖縄を除いた日本本土最大の米空軍基地であり、米第5空軍司令部をはじめ、在日米軍司令部、さらには航空自衛隊航空総隊司令部などが置かれる、日米双方にとっての重要な軍事拠点である。

そこから数km離れた場所には、かつて米軍の立川基地があった。横田と立川、この「双子の基地」が歩んできた軌跡を辿ってみると、極めて対照的な結末を見ることになる。
かたや日米の安全保障上枢要の地位を占めるまでになった横田、こなたアメリカから日本に返還され、都下の中核都市へと変貌した立川。この双子の運命を分けたものは何か。そしてそこに見出せる「死角と構造」とは、果たしてどんなものか。

アメリカ空軍 横田基地(撮影=bg)

アメリカ空軍 横田基地(撮影=bg)

都下の西にある「アメリカ」

都心と郊外を結ぶJR中央線に乗り、起点となる東京駅から1時間足らずで立川駅に着く。ここから八王子・高尾方面行きと、青梅・奥多摩へと向かう青梅線に分かれるのだが、いずれを進むにせよ周囲の景色は、郊外のそれからいよいよ地方色を濃くしていくことになる。青梅線でさらに西を目指し車窓に目をやれば、富士山の山容はどんどん大きくなり、手前に連なる奥秩父山塊もぐっと間近に感じられるようになる。もはやちょっとした旅気分を味わえる域だ。

そうこうしているうちに、オレンジバーミリオンを基調とした電車は福生駅に到着した。東京駅からおよそ1時間10分、距離にして約50kmの旅だった。

 

国道16号線沿いにある横田基地の第2ゲート(撮影=bg)

国道16号線沿いにある横田基地の第2ゲート(撮影=bg)

人口約5万9000人の東京都福生市。その中心地である福生駅前に降り立っても正直これといった特色を見つけられないのだが、駅を出て10分ほど歩き国道16号線に差し掛かると、辺りの様子が変わってくる。
国道を挟んで向こう側には、日本にあって日本ではない、日本本土最大の米空軍基地である横田基地が広がる。「U.S. AIR FORCE Yokota Air Base 横田基地」と書かれた看板の先には容易に立ち入ることができない。

国道16号線沿い、約1.5kmにわたる商店街「FUSSA BASESIDE STREET」(撮影=bg)

国道16号線沿い、約1.5kmにわたる商店街「FUSSA BASESIDE STREET」(撮影=bg)

そのかわりというわけではないが、横田基地に面した国道沿いで異文化アメリカを感じることができる。ここでは何かと負の面が取り沙汰される「基地の街」ということを逆手に取って、「FUSSA BASESIDE STREET」と銘打って地域を盛り立てようとしているのだ。

異国情緒を前面に出した飲食店や雑貨屋、ミリタリーショップが軒を連ね、店先には軍用の品々などが並ぶ。この商店街ではアメリカドルの利用促進というユニークな取り組みも行われており、また「フレンドシップパーク」では毎月第2日曜日にフリーマーケットが催され賑わいを見せているという。
歩道には「FUSSA 16」と描かれたオリジナルのロゴを配したベンチやフラッグ。椰子の木と思しき街路樹が、車が引っ切りなしに往来する幹線道路の風に吹かれている。

店先には米軍払い下げと思しき品々が並ぶ。(撮影=bg)

店先には米軍払い下げと思しき品々が並ぶ。(撮影=bg)

この「国道16号線のアメリカ」では、地元の創意と工夫で様々な演出が試みられており、基地と国道が醸し出す無機で殺伐とした雰囲気にささやかながら彩りを添えている。とはいえ、観光地としてはメジャー感に乏しいという感想は否定できない。規模として中途半端なことと、都心や駅からの距離があり過ぎるからではないだろうかと、ここまでの道中を振り返って思った。気軽に出かけるにはやや遠く、また来させるだけのインパクトも足らない。

しかし、これら地域の努力がたんなる「町おこし」の一環であると片付けるのも尚早である。ここにあるのは世界遺産でもなければテーマパークでもない。今現在も日米双方の安全保障を担っている、世界最大の軍事大国の基地なのだ。

■アメリカンハウスの存在

かつて横田基地周辺には「アメリカンハウス(米軍ハウス)」が多くあった。1950年(昭和25年)に勃発した朝鮮戦争を機に、在日米軍の軍人も増加。基地だけでは抱えきれなくなった軍人の住まいとされたのが、基地の敷地外に建てられたアメリカンハウスだった。

1958年に建てられた米軍ハウスをリノベーションしたコミュニティ施設「福生アメリカンハウス」。(撮影=bg)

1958年に建てられた米軍ハウスをリノベーションしたコミュニティ施設「福生アメリカンハウス」。(撮影=bg)

この地域には約1100戸近くあり、周囲には兵士らに向けた商店が並び、さながらアメリカの街のようだったと、『軍隊と住民─立川・横田基地裁判を中心に』(榎本信行著/日本評論社)に記されている。FUSSA BASESIDE STREETはその名残というわけだ。

瀟洒なアメリカンハウスは、やがて用が済み空き家になると、日本人の作家やアーティストたちが住みはじめ一種のブームを起こした。古き良きアメリカ文化の憧憬となったハウスは、時間の経過とともに老朽化も進み数も激減、今ではその保存が叫ばれている。

国道16号線を歩いていると、「福生アメリカンハウス」という看板を見つけたので入ってみることにした。地元の商店街振興組合が運営主体となり、アメリカンハウスをの一棟を活用して、往時の福生の雰囲気を伝える写真やパネルを展示しているコミュニティ施設である。
ここで偶然、振興組合の方と話しをする機会に恵まれたのだが、彼が発する言葉の端々からは、自分たちの街を良くしていこう、もっと多くのひとに訪れてもらおうという熱意を感じた。「このアメリカンハウスを積極的に観光資源として使おう」という考えはとても前向きで好感が持てるものだった。

しかし一方で、アメリカンハウスやFUSSA BASESIDE STREETが、異国情緒のみならず「ここに基地があった(そして今もある)」という厳然たる事実を我々に突きつけてくることも無視してはならない。

50年代のアメリカ文化を今に伝える「福生アメリカンハウス」。福生の歴史が垣間見られるギャラリーや、Tシャツなどのオリジナルグッズ販売コーナーもある。(撮影=bg)

50年代のアメリカ文化を今に伝える「福生アメリカンハウス」。福生の歴史が垣間見られるギャラリーや、Tシャツなどのオリジナルグッズ販売コーナーもある。(撮影=bg)

『東京・横田基地』(「東京・横田基地」編集委員会/連合出版)は、横田基地周辺住民の基地との戦いが綴られている一冊である。ここには、騒音問題の深刻化に伴い、1965年(昭和40年)から1974年(昭和49年)にかけて、基地南側の昭島市住民約570世帯の集団移転が行われたほか、住民による国を相手取っての騒音公害訴訟も度々行われていたという事実が書かれている。

「国道16号線のアメリカ」は、つくろうと思ってつくれるものではない。重層的な歴史の、あくまで一端なのである。

横田基地は「アメリカという国そのもの」

横田基地こと「横田飛行場」(在日米軍施設の名称に「基地」という単語は含まれない)は、隣接する「国道16号線のアメリカ」と比して巨大過ぎるほどの「アメリカ」である。

横田基地には、空港施設はもちろん、衣食住を満たす様々な施設が揃う。(撮影=bg)

横田基地には、空港施設はもちろん、衣食住を満たす様々な施設が揃う。(撮影=bg)

行政面積の3分の1を基地が占める福生市のウェブサイトによると、基地の大きさは東西約2.9km、南北約4.5km、周囲約14km、総面積は7.136平方km。計算してみると東京ドーム152個が入る広さで、福生市のみならず、瑞穂町・武蔵村山市・羽村市・立川市・昭島市の5市1町にまたがる。

基地内には3350×60mの滑走路が1本、さらには管制塔や格納庫、駐機場や整備工場などの空港施設から、兵員宿舎、将校宿舎、家族住宅、病院、診療所、教会、小中高等学校、大学、幼稚園、各種事務所、スーパーマーケット、劇場、ミニゴルフコースなど様々な施設が揃っている。福生市サイトではそれら施設の写真が掲載されているのだが、基地というよりは、もうこれでひとつの街であり、進入の困難さも加味すれば「アメリカという国そのもの」といっても過言ではない。

横田基地の北側では、広々とした滑走路を見ることができる。(撮影=bg)

横田基地の北側では、広々とした滑走路を見ることができる。(撮影=bg)

米第5空軍司令部、在日米軍司令部などが置かれている横田基地は、沖縄を除く日本本土における最大の米空軍基地である。2012年3月には近隣の府中基地より航空自衛隊の航空総隊司令部も移ってきたことで、今では日米双方の防衛拠点としての役割を担っている。

かように重要な「首都の要塞」である横田基地には、戦中戦後にその規模を拡大せざるを得なかった数奇な歴史があった。
そしてその歴史は、横田の兄貴分として先んじて造られ、戦後は米軍基地として拡充されるも反対運動の末に日本返還となった立川基地とは、実に対照的なものだった。■ bg

(続く)

bg

1974年生まれ。都下在住。生きるということは「世界の解釈」、そのひとをそのひとたらしめるのは、その「世界の切り取り方」にあると思います。

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